休日論

ナナサンの持つ、碌でもない自論の一つがこれである。

 

「自堕落な休日こそ贅沢である」

 

自堕落であればあるほどよい。

なんかもったいない気がして、家にいられずどこかに何をするわけでもなく出掛ける、これこそもったいないの極みである。

※意見には個人差があります。

 

普段、仕事や家事に追われ、いやが応でも規則正しい生活を強いられているのだから、休日は普段できないことを存分にする絶好のチャンスである。

普段出来ないこと、それが自堕落な生活なのだ。

普段から自堕落です、という方もいるだろうが、それでも翌日のことを考え無意識にセーブしている自堕落なのだ。

もちろん、何もせずに寝てる、それも自堕落だが、何も寝ているだけが自堕落ではない。自分のやりたいことを時間を気にせず、存分にやる、これが自堕落なのだ。

堕落という言葉に語弊があるが、やりたいことのために生活リズムが崩れたり、多少だらしなくなっているところが堕落という言葉の所以だろう。

休みの日にやることを存分にやるために不要なものを排除し、思うままに時間を使う。

これが最高の自堕落だ。

ダラダラ出来ない毎日を過ごすからこそ、ダラダラ自分のやりたいことをして過ごすことは贅沢なのだ。

 

というわけで、ナナサンはこの碌でもない理論、もとい屁理屈を振りかざし、すでに自堕落スタイルに入っている。

 

どこに行かなくたっていいじゃないか。引きこもったっていいじゃないか。

人に言えないような休み、最高じゃないか。

 

※皆様分かっているとは思うが、日々、きちんと仕事をし、休み明けにこの自堕落の余波を残さないことが大前提である。