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不安

大体この時期はいつも調子が悪い。

ここ数年、とかではなく、もう小学生の時から苦手だった。

きちんとそこに名前が付いたのは、もう10年、下手したら15年位後の話なのだが。

 

自分のことも心配だし、今年はソウサンが心配である。こんなことを書いたらソウサンに心配かけてしまうのだが。

ソウサンが、というより、ソウサンの環境ががらりと変わることに不安を覚えている。

ソウサン自身は大丈夫なのだ、きっと。負担があまり大きくないだろう配属だし。ソウサンならきっとうまくやれる。ここ2年で爆発的な成長を遂げたのは前記事の通りだ。なのにそこにナナサンが勝手に心配して悶々しているのだ。

きっと自分自身が抱える不安とかプレッシャーをソウサンに投影しているのかもしれない。ソウサンにとっては迷惑この上ない。

 

いつかすれ違ってしまうんじゃないか。今まではソウサンがナナサンに合わせてくれる付き合い方が続いたけど、これからはそうもいかない環境。

今までソウサンは「ナナサンの方が疲れてるから」と受け止めてくれていたけど、これからはソウサンだって疲れるし、今までとは心の空いているスペースだって狭くなるはずだ。そこをナナサンは支えることが出来るのだろうか。ソウサンの重荷になってしまわないだろうか。

きっとナナサンが忘れることのないあの日、ソウサンのあんな顔をもうさせたくない。

ナナサンが思っているよりソウサンはたぶんずっと優秀で、強い。でもナナサンが思っているより繊細だから。そして、ナナサンは自分で思っているよりずっと脆くて面倒くさくて図々しくてわがままな奴だから。

そんな人間に食いつぶされていい存在じゃないんだよ、ソウサンは。

 

こういうことを悶々と考えては、苦しくなって、いろいろ迷って、わけ分からない思い切りをしそうになって、やめて、の繰り返し。マジで時間の無駄ってやつだ、きっと。

こうやって文字にしないと、こう思ってるんだよ、ってその場で言葉に出来ない。

ナナサンの考えは言葉にしないと伝わりにくいって分かっているから、準備に時間をかけてしまって、言うタイミングを逃す。そして、言葉になりきれなかった感情が別の形で出てきてしまう。面倒くさいの典型じゃねぇか。

 

そんな面倒くさい小心者が迎える4月。