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Garden

私は今、かわいらしい女性と向かい合っている。

彼女の柔らかく白い頬は桃色に上気し、眼はまっすぐに私を見つめている。

最高のシチュエーションじゃないか。

 

ただ一つ、彼女が私に銃を突き付けてることを除けば。

 

さかのぼること数十分前、私は屋敷で彼女とささやかなディナーを楽しんでいた。もちろん私が腕を奮った特製だ。

ところが、このざまだ。

あぁ、そんな持ち方をしたら狙いが定まらないだろう。その細腕にはいくら拳銃と言っても重たいだろう。よくもまぁここまで隠し持っていたものだ。

デザートがまだ冷蔵庫に残っているのだが、拒否されたのが数分前。

 

理由は簡単。かたき討ちというやつだ。

私は彼女の母を殺してしまっている。

殺意はなかったのだが、成り行き上、そうなってしまった。

彼女がその娘だと、初めて会った時から予感はしていた。しかし、私と彼女の母親と、は繋がらないだろうと思っていたし、それを望んでいた。

何故なら、彼女が私を愛していたからだ。愛した男が自分の母親を殺した犯人だなんて知りたくないだろう、そう思って注意していたのに。

 

「流し台にね、映ってなかったのよ」

あぁ、そういうことか。

「写真を撮ることを避けるのも、お屋敷なのに食器がシルバーでないのも、この屋敷内に鏡が一枚もないのも、夕方にカーテンを閉めるのも、不思議なこだわりだって思ってた。」

 

「全てあなたが吸血鬼だったから。映らないのでしょう?」

ほぼ満点の解答だ。正確には映ることは映る。しかし、人間がそれを視認することはできない。

人間と一緒に鏡の前に立つと、私には二人並んで見えるのだが、人間には自分しか見えないのだ。

いつも一人で暮らしていたから、流し台にまで気が回らなかった。自分は映っているのを見ることが出来るから、人間に見えないことを忘れてしまっていた。

あぁ、失敗だ。

だが、そんなことが些細なことに思えるような失敗を私はしていることに気が付いた。

 

私は、彼女に恋をしている。

 

 

あれは、20年前の夏の日だったか。

森の小径をブルーのワンピースをひらめかせて歩く女性に私は心を奪われた。何百年と生きていて、こんなことは初めてだった。

屋敷に咲いている芙蓉に足を止めた彼女に私が話しかけたのはごく自然な流れだった。言葉を交わせば交わすほど、私は彼女に惹かれていった。

知的で、ウィットに富んでいて、明るく笑うのだが上品で控えめだった。

彼女には伴侶がいた。聞けば、幼い娘もいるらしい。きっと彼女に似ていることだろう。

私は悩んだ。気持ちを打ち明けてしまえば、彼女を苦しめることになるし、きっともう会えないだろう。しかし、彼女に心を奪われてしまっている。なんで伴侶がいるのだろう。彼女の血はどんな味がするのだろう。きっと優しく控えめな甘さに違いない。

好奇心は猫をも殺す。どうにも我慢が出来なくなって、血だけ少々拝借することに決めた私は、彼女の寝室に忍び込んだ。首尾よく、血も頂戴した。ところまではよかった。止められなかったのだ。彼女の血はあまりに美味しすぎた。

止めようと思ったが止められず、ついに彼女の血を一滴残らず飲み干してしまったのだ。

そんな状態の彼女を置いて去ることができず、連れて帰って、屋敷の裏庭に丁寧に葬った。

それ以降、私は人間の血を飲んではいない。飲む気になれなかった。

そして、20年の歳月が経ち、このざまである。

私は昔恋した人間を殺し、そのそっくりな娘に恋心を抱いている。そして、彼女から銃を突きつけられている。

「アンタももうおしまいね。」

あぁ、おしまいだよ。なぜ君は私が母親を殺した犯人だと分かったんだ?

「そうね、冥途の土産にいいことを併せて教えてあげるわ」

「私の母はね、吸血鬼だったのよ。」

「普通の人間になら身体能力では吸血鬼が負けることはないわ。でも母は何の痕跡も残さずに消えてしまった。吸血鬼やその類が犯人なのは明らかだわ。」

「母の血は美味しかったでしょう?人間じゃないものね。」

そういうことだったのか。合点がいった。だから、か。

そこに気が付かなかった私はそろそろやきが回っているのかもしれないな。

だが、そういうことなら、なおさらだ。

 

最高のシチュエーションは極上のシチュエーションに変わる。

「なんでっ」

私は吸血鬼の娘です、なんて白状するからだよ。美味しい血が吸血鬼のものならば、好きな相手が吸血鬼の子どもなんだ、飲まない理由がないだろう。

残念ながらこちらは純粋な吸血鬼だ。君はお父さんは普通の人間だ。身体能力でいうなら、私はいいおじさんだがそれでも君には勝てる。

あぁ、なんていい眺めなんだ。これで、またしばらくは血を飲まずに済みそうだ。

君も隣に葬ろう。そして芙蓉を植えよう。

 

「なんで、」

「吸血鬼が同類の血を飲むのは…」

そうだね、最大の禁忌さ。だから私の体も長くは持たない。来年の夏を迎えられるかどうか。

 

いつからか主がいなくなった屋敷の庭には、毎年きれいな芙蓉が咲きほこる。