ひとつまみ

ふむ、こんな味だったか。

私は目の前の寸胴鍋に向かって呟いた。

中身はいつものスープ。好物だからよく作る。

だから手順に狂いなどないし、材料もいつもと変わらない。強いていうなら少し具材がいつも以上に私好みだが。

二人分作るのが習慣になっているので寸胴鍋で作ってしまった。そこもいつも通りだ。

が、いつもと違うのが、今日はスープを食べる同居人がいないということだ。

寸胴で作れば余ってしまうのに、私としたことが。

おすそ分けするようなご近所さんも残念ながらいない。

比喩ではなく近くに民家が建っていない場所に住んでいる。

その方が静かでいい。材料を調達するのにも支障はない。

器に移して冷蔵庫で保存、という方法もあるが、私はそれを好まない。

このスープは、その場で平らげるから旨いのだ。

 

同居人はこのスープが好きだった。だから、味や品質が変わらないよう製法や材料も変えないように苦心した。このレシピは門外不出だ。もちろん同居人も知らなかった。

同居人は、いわゆる恋仲、というものだった。同居人はツキという名前だ。私は彼女のことを好いていた。が、残念ながらツキはもう帰ってこないだろう。

この家に荷物はそのまま残っている。どうしようか。戻ってきてくれればいいのだが。ぜひこのスープを食べさせてやりたい。今日のは特別だ。

 

さぁ、時間通り煮込んだし、完成だ。

スープ用の深い皿によそう。

 

いただきます、ツキ。

今日は一番おいしいスープだ、きみのおかげで。

二人だけの秘密の味は少ししょっぱい気がした。