選べない

最近、歌詞のことを書いたり、ちょうど書こうと思っていたところにちょうどいい歌詞があって引用したりしていたので、記事を書くときに、今日はどの歌で書こうかな、と

考えてしまいます。

別に記事の内容に縛りは設けていないので、曲選べなくても記事は書けるはずなのですが。

素数大富豪と打ちすぎたせいで(前記事参照)、クラウドの予測変換に「そすう」と打ったら素数大富豪が出てきました。ほんと何なの。

 

ナナサンは数学は苦手です。高校からは平均点と赤点の間をさまよっていました。

ひとえに計算力が足りないから、でした。

そして計算するのも大嫌いでした。計算しなきゃいけないならどうにかして少しでも簡単な計算に、と足掻いていました。

公式も覚えられなくて、計算力があれば自分でちゃんと解いて再現できるんだろうけど、それを頑張る気力もありませんでした(笑)

今思えば、「公式を自分で導き出せるようにする」極端な話、ひたすらこれだけ出来るようにするっていう勉強をしていたら少し違ったのかな、なんて。

でも大学受験の結末が変わっていたら、少々困ることになるから、時間を高校の時に巻き戻せて数学をちゃんと克服していたとしても、友達と遊んで遊びまくっているだろうけどね。

それでも、授業や試験、受験勉強でいろんな数学の問題を解いて、自分の頭脳の限界に挑戦できたんだろうなって考えると何だかもったいなかったな、って思うのです。

一教科、知的興奮を味わえなかったどころか苦痛しか味わえなかったなんてね。

(英語と地理も同じでしたが、この二つは全く後悔していない。地理は出来る出来ない関係なく嫌い。)

けど結局3教科嫌いだったのは、かなり痛手だったなぁ。この3教科は科目が分かれてたから。ⅠⅡⅢ、ABC、リーディングにライティング、地理も全員必修だったときは先生が二人だった。

だから、時間割で嫌いな教科がない日がない。苦手教科は少ない方がいいし、せめて苦手科目数は減らしておけばよかったな、と思う。

そんな学生時代の失敗。

自分は生粋の文系だから、理系の人とは話も合わない気がするし、そもそも知り合うことがないだろ、と思っていたらソウサンが現れた。

生粋の理系人。国語は運ゲーとか言い出す理系人。理科系じゃなくて、数学の鬼。

よりによって数学。国語は運ゲーじゃないし。

けど何だかんだ仲良くやっている気がする、たぶん。話かみ合ってなかったらどうしよう。

いきなり、1=0.99999999…のからくりの話とかされますが。

当の本人、この話をしたこと覚えてないし、きっと。

サンクトペテルブルグパラドックスとかね。

某喫茶店でこの話をして、帰宅してから必死に計算やら思考を紙に書いて見破ったのも覚えてます。知恵熱出るかと思いました。

そんな会話が殆どです。楽しいです。ソウサンの、相手にレベルを合わせて自分の好きなこと話せるってすごいなと思います。

ほんとはもっと専門的な言葉使いたかったり、テンポよく進めたかったり、難しい問題話したいだろうに。

何でソウサンの話になっているんだ。どこにでも出てくるな、アンタは。

要するに、知的興奮はたまらない快楽だということです。

それでは。