風鈴を鳴らして

蝉が鳴いている。風鈴も音を立てないそれはそれは暑い夏の日、アイツは帰ってきた。

「ヨウ、いる?」

玄関先から顔を覗かせるアイツ、シュウはTシャツにハーフパンツ、パーカーといういつもの出で立ちだ。そろそろインターホンという文明の利器を覚えてもらいたい。無理だろうが。

シュウは、必ず夏に帰ってくる。他の時期に帰って来いと言っても、無理らしい。まぁそれが社会ってもんだ。だから、シュウが帰ってくるタイミングは何となくわかるし、シュウも私がいそうなタイミングで顔を出す。

帰ってきたら、シュウは必ず私を散歩に連れ出す。私はこんなあっつい真夏の午後に近所の散歩なんて御免だけど、シュウは久しぶりだから、と言って譲らない。なら一人で行けって話だけど、そこも譲らない。童心に帰りたいらしい。精神的に大人になってから言え、まじで。

うだるような暑さに二人とも自然と無口になる。シュウは久しぶりのふるさとを存分に味わっているらしい。途中、いつもの駄菓子屋さんでラムネを買う。シュウはラムネを開けられない。しょうがないので私が二人分開ける。

「ヨウ、怪力?」

あとでラムネ代払えよ、くそ。

 

ラムネ飲みながら歩いてると、シュウが珍しいことを聞いてきた。

「ねぇ、今日の夜さ、空いてる?」

「う、え、まぁ…」

「花火しよーよ!二人で!」

「あ、はい」

というわけで、鶏のマークのホームセンターで花火パックを買った。二人しかいないくせに、シュウは一番派手なの持ってきた。空き地が広い田舎でよかったとこの時ばかりは感謝する。

 

約束の時間ぴったりにシュウは現れた。バケツに水を張って、花火を広げた。

「まずはこれだろー!」ノリノリで手持ち花火に火を付けた…と思ったらその火でねずみ花火にも点火しやがった。バカたれ!!

逃げ惑う私をみて、シュウはケラケラ笑う。まったく、この笑顔もずっと変わっていない。頭の中も進歩がないのが悲しいところだが。それに輪をかけて残念なのが、私、ヨウはシュウの幼馴染であり、こういうノリが大好きなところだ。

正確に言うと、こういうノリ「も」だ。私はシュウが好きだ。ずっと前から。

パックの花火をほぼ使い尽くして、片付けもしながらシュウはポツンと言った。

「今夜、帰るよ」

いつもだったら、あっさりと別れたはず。また一年後会えたから。

でも、今年は、

「やだ」

「どうしたの、ヨウ。俺はまたちゃんと帰ってくるよ?」

「もう、会えないかもしれないから。見えないかもしれないから。」

そう言うと、シュウは悲しそうにうつむいた。きっと足元の地面がクリアに見えただろう。

シュウは、毎年同じ格好で現れる。インターホンは知っていても押せない。ラムネも開けられない。笑顔だって変わらないし、精神的に大人になることも、たぶん、ない。会話も周りには聞こえない。

シュウの時間は、あの夏の日で止まっている。

大好きだったシュウが初めて会いに来てくれた日、それは嬉しかった。

次のお盆まで待つことが出来た。会ってこうやって同じような夏を過ごせるのならそれでいい、そう思っていた。

一昨年だっただろうか、シュウが透けて見えだしたのは。嫌な予感は的中した。去年の夏、シュウに会った時、嬉しさより絶望感の方が大きかった。シュウは薄くなっていた、確実に。

だから、今年シュウが現れた時に確信した。今年が最後だと。

「何で?一年に一度しか会えなくて、シュウは大人になれなくて、インターホン押してよ。ラムネも開けようよ。花火だって楽しかったじゃん。シュウも一緒に大人になってよ!」

泣きじゃくってめちゃくちゃを言って、大人になれていないのは私の方だ。そんなこと分かっている。でも、シュウを置いて大人になんかなりたくなかった。

「シュウ、あのね、「知ってる。ヨウが俺のこと好きなの、ずっと前から。ありがとう、そしてごめんね。」」

片思いまでバレていた。最悪じゃないか。

「いいから、気を遣わな「好きだ。」」

あっさりと、シュウは私の口を塞いだ。でもそれはまるで空気のようで冷たくて、シュウがこの世のものではないことを実感する。

「俺は毎年ヨウに会いに行くから。だから、また来年。」

そう言い残してシュウは消えた。帰っていった。

一番派手な打ち上げ花火を残して。

「ばーか。一番これやりたいってはしゃいでたやつじゃん…」

慣れない手つきで点火して、打ちあがるのを待つ。

あっけない打ち上げだった。でも、打ちあがった時に確かに肩を抱いていてくれたのはシュウだったのか、夜風だったのか。

 

あれから、シュウの姿を見ることはない。だからこそ、お墓参りは欠かさず行っている。小高い山の上にある墓地まで行くのはなかなかに骨が折れるのだけど、そこからの景色は気持ちいい。シュウらしいな、とすら思う。

墓前に花を供え、手を合わす。

「ただいま。」

「え?」

風が鳴った。