実態

人間と会話したくないなーって思う。

じゃぁ、何と会話するんだよ、無口なサボテンとじゃ、なんてポルノグラフィティは歌ってるけどさ。

人間以外のものと会話、まではいかずとも、考えてることが分かったら。

みんな揃って人間への恨み言にあふれてるのだろう。

動物の鳴き声を翻訳する機械もあるらしいが、あくまで人間がその生き物を飼うために都合の良い翻訳バリエーションしかないから分からないだけで。

 

人間は独自の進化を遂げて、自然現象すらも「科学」という名のもとに統制下に置いて、いろんなものを作ったりしている。

じゃぁ、進歩しつくした科学は、何のために存在するのか。

人間を絶滅させるために存在している。

死ぬために発展していくしかないじゃないか。どんなに科学が進歩しても、死後の世界は分からないし死ぬ苦しみも分からない。だからこそ、躍起になるのだ、楽に死ぬことについて。死だけは避けられない。

星新一が、殉教という作品を残している。

まさに、絶滅に科学が手を貸す典型例。

読んだことがない人は読んでみるといい。

 

話は飛ぶが、ナナサンは読書が好きだ。

理由はいくつかあるが、そのうちの一つに「自分じゃたどり着けない境地を知ることができる」がある。

人間という動物は、自分の脳みそ以上の創作、表現ができない。(だからレポートのコピペが山ほど出てくる話はまたいつか。)

自分の脳みそから作家は物語を作る。敬愛してやまない星氏だって例外ではない。

彼自身の脳みそから多彩な作品を生み出した。

残念ながらナナサンは頭良くないので、自分では物語を書けない。ミステリーやSFなんてもっての外だ。

だから作家の頭に頼る。彼らの力を借りて、霧立ち込めるロンドンに居候したり、憑き物落としと一緒に、破天荒な自称探偵に振り回されたり、宇宙を旅したりする。

 

話を戻す。人間という動物は、自分の脳みそ以上のことは考えられない。考えたことも言葉として出力できるのは一部。ゆえに人間は脳みそ以上の創作や表現ができない。

科学の発展の限界もおよそそこにあると考えていい。

人間の頭脳が飛躍的に進化したら話は別だが、そういうことが起こったら、きっと今までの地球での傍若無人さにいたたまれなくなって絶滅を選びそうだ。

科学だって、人間の脳みそ以上の発展はないのである。自分の脳みそ以上の設計図や数式を書いたり実験することは不可能なのだから。

そうすると行き場をなくした科学は死のための発展を遂げる。残念ながら、科学というものはそんなに儲からない世界だ。金銭を生み出す以上に金銭を使う世界。

供給相手が絶え間なく確実に存在し続けるのが、死という分野である。

 

そろそろ疑問に思う方も出てくると思う。

人工知能はどうなの?

そこなんです。人工知能に自己学習能力をつけたら、あっという間に人間の頭脳を飛び越えて発達していく。では人工知能に科学を任せたらどうなるのか。

人類を滅ぼしにかかってくる。それも我々の思いもよらない方法で。

残念ながら、こればっかりはこの妄想が正しいかどうか判断できない。自分の脳みそを超えた存在の行動など予測できないからだ。人工知能の行動が、人類を絶滅させるための行動かどうかも絶滅してみないと分からない。とんだ屁理屈である。

 

そもそもの話として、何を書こうとしていたのかしら。

人間と話をしたくない、そんなことから、よくもまぁこんなでかい邪推を繰り広げたものだ。そろそろ話を畳まないと風呂敷で空を飛べちゃいそうだ。

では、また。