青色7号

思ったこと考えたことをひっそりこっそりそろそろと

可能性の話

別に大した意味はないけれど、ここ数日で思ったので、書き残しておきます。

だから、この記事を読んだ人に共感してほしいとか、考えを改めてほしいとかじゃない。ただ、以下のことを、みんなが心に留める程度に覚えていたらもしかしたら世の中少しはいいかもね、位の軽さである。

しかし、ナナサンはこれを少し忘れないようにしている、その程度である。

 

・多数派が常に正しいわけじゃない、けど、多数派になっただけの理由はある。

・錦の御旗をもらったからといって、正しさが直接的に担保されたわけではない。

・多数派に錦の御旗が与えられるとも限らない。

・しかし、少数派が多数派にのし上がる理由に、「錦の御旗が与えられたこと」は十分になりうる。

 

この4つである。これらは大抵絡み合って一つの毛玉のような理論として存在する。

この毛玉に人の思惑とか私利私欲とか建前とかがくっついて、大きなホコリの様相を呈していたりする。

このうちのどれが一番大事とかそういう順序はない。あくまで、同列であり絡み合っている。

もし、誰かを、あるいは何かを傷つけたくなった時、糾弾しようと思った時、叩きたくなった時、この毛玉のことは忘れないでいてもらいたい。

あなたが不愉快に思って叩きたくなる、そう思う権利は与えられている。しかし、実際に人を傷つける権利も、思考を奪う権利も与えられていない。

人間は、動物は、多数派に所属すると安心感を得る。生存本能として至極真っ当な脳みその働きだと思う。しかし、その多数派は本当に生き残れる多数派なのか、ただ単に少数者を作って排除しようとしているだけの多数派じゃないのか。自分は多数派の人数を、そこにいる強者の威を笠に着ていないか。

そうやって自省し自制することが、考えることを獲得してしまったヒトという動物に課せられた永遠の宿題に違いない。

 

随分真面目くさって書いてしまった。脳みその身の丈に合わないこと甚だしくなってきたので止めます。