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金曜の夜の

読書記録

心のデトックスは、スピッツの曲をたくさん聴くことです。

₍ちなみに通勤途中はポルノグラフィティです。₎

草野さん、テツヤさん、崎山さん、田村さん、皆さん個性がありながら、スピッツの世界を作り上げてる。

けど、マサムネさんの声に、テツヤさんの美しいギターに、崎山さんの支えるドラム、田村さんの隠れているようでしっかり主張してくるベース、どれもキラリと光るの。調和しているけど決して個性を失わない強さ。

美しい調和がとれているから、処理能力が落ちている耳から脳みそへ、心地よく入ってくる。また、歌詞が優しいの。疲れ切って凹んだ心に沁みわたってくれる。

幼少期から父の影響でスピッツを聴いて育っているから、きっと童心にかえることができるという側面もあるのかもしれない。

今、大あくびをしながら聴いているのもスピッツ

ここまで書いておきながら、一体この記事で本当は何を書こうとしたのか思い出せない事態に直面しています。

あ、思い出しました。読書記録です。

随分前振りが長くなってしまいましたが、書きます。

・『虐殺器官

・『ハーモニー』

・『屍者の帝国

全て、伊藤計劃の作品です。正確には、『屍者の帝国』は執筆途中で、計劃が亡くなってしまったため、同時期の小説家、円城塔が引き継いで完成させています。

伊藤計劃は、言葉の力や自我、意識というものに関心を持ち、強く意識していたのではないかと思います。だから、高度に進歩を遂げた社会では「死」はどのように扱われるのか、といったことを題材にSF小説を書いていたのもある意味必然ではないか、と。

緻密な論理構成₍登場人物のセリフに顕著₎、プロットを得意としながら、アクションシーンも息を思わず止めてしまうほど。

あくまで想像でしかないのですが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』中でイワンがアレクセイに聞かせる「大審問官」から衝撃を受けたのではないか。

こんな素人ナナサンのポンコツ憶測なんて必要ない。

2000年代の日本のSFワールドを創造し牽引できる、それほどの才能と知識を持ちながら夭折してしまったことを悼むことしかできない。

まずは、読め。話はそれからだ。