国語

おろそかにしてませんか?

前から思うのは、まず涵養しなければいけないのは国語力だということ。

 

国語力を大まかに3つに分けると

・漢字や諺、語彙、高校でいえば古典の語彙といった知識

・物語を読む時に使う想像力

情報リテラシー(試験用に文章を読む際に必要) です。

この中の情報リテラシーについて、本記事では書いていこうと思います。

 

国語は解答が何通りもあるとか、何となく正解できそうなんて声を聞くこともありますが、本当ですか?

確かに授業で、思ったことを自由に書いてみましょう、という問いかけは存在しますが、主人公の気持ちは正解が決まっているし、試験での国語は凡そ正解は1つです。採点者によって点数にばらつきが出ては困りますからね。

 

少し国語から逸れますが、学力を伸ばすために何が大切か

『問題文で何を聞かれているのかを理解する』

これだけです。

小中高大、その先で様々な試験に直面しますが、全教科これです。

おろそかにしてませんか?

 

国語の記述が苦手な小中学生にありがちなのが

『何を書いたらいいのか分からない』

指定字数でまとめる以前に、マス目を埋められない。本人の頭も解答も真っ白。

何を問題で聞かれているか分からないんです。日本語が理解できないのではないんです。ちゃんと本文は読めているんです。けど、問題文を読んでいない。

そういう子には、問題文を3回音読させます。そして何を聞かれているか確認します。

そうすると、次のステップに進みます。

「指定字数内にまとめられない」

文章の中の、必要箇所が書いてあるところ全部丸々書き写してくるのです。指定字数の倍以上の文字数で解答用紙にびっしりと。

 ここで、情報リテラシーの出番です。

情報リテラシーが身についている=情報の取捨選択が出来る

→何を書いて何を書かなくていいか分かる

 

近年、自分の意見を論述させたり、一見関係ないような知識と知識を結び付け、事象の展開予想をさせるといった出題傾向が顕著になってきました。

短答形式、選択式では学力や人間性が図れない、学力水準が先進国の中で低い、記述が出来ないと騒ぎになり、記述式問題で学力を図るようになるも、記述の模範解答を丸暗記してしまうではないか、と、近年は模範解答が事前に作りにくい記述問題が多くなってきたように感じます。

子どもたちがその場で、考えて模索して書かなければいけないような形式にしているようです。

国語に限らず、どの教科でも、どの年齢でもこのような答えの分からない設問に直面する時代になってきたわけです。

情報リテラシーが身についている=情報の取捨選択が出来る

問題として提示されている文章には何が書かれているのか。何が問題となっているのか、何を聞かれているのか。

自分で日頃から考える癖をつけてもらいたい。

知識は自分で勉強して覚えるより他にないが、覚えればそのまま使える。

しかし情報リテラシーは丸暗記できない上に習得に時間がかかる。そして残念ながらそのままでは使い物にならないのである。

 

随分大げさな話になってしまいましたが、話を戻しましょうか。

どうやって情報リテラシーを身に付けるのか。

実は、これはかなり難しい問題で、現場の先生方にかなりの負担を強いるものです。

早いうちから、なんて言うのは簡単だが、小学校の先生はやること山積みでパンク寸前、そんな中で英語を必修化しましょうなんて言いやがる。

いつか書きますが、ナナサンは小学校で英語を必修化させるのは反対です。

それだけじゃなく、家庭で本来行われるべき躾までやれという声も上がる。

そんな状況では、学校外、家庭で情報リテラシー訓練やってください、とは言えない。

授業で鍛えるとすれば、算数の授業で問題文を読むことを習慣化させるといい。

計算式と値だけでなく、何が聞かれているかも採点対象にするのだ。解答スペースの空いているところに書かせればいいだろう。

中学数学で、方程式を勉強すると、「○○をxとおく」と必ず書かされる。

これの簡易バージョンである、言ってしまえば。

ただ、これをやると何が違うか、最後、答えの欄を見てもらいたい。単位が正しく書かれるようにならないだろうか。

何を聞かれているか分かるから、正しく単位を付けて解答できるのだ。

 

中学1年で英語を始めるし、数学では、負の数という、目に見えない数が登場する。おまけに授業が終わればすぐ部活。新しいことのオンパレード、どころか生活パターンの変更を余儀なくされる。

そんな中で、日頃の宿題に加えて、情報リテラシー鍛えろ、本を読め、なんて無謀なのだ。

だからこそ、小学校あるいはその前だっていい(別にがりがり勉強しろなんて言わない)から、せめて授業の時、宿題の時だけでもちゃんと問題文を読んでもらいたい。

 

います、実際に。何も特殊なことじゃない。

計算問題得意なのに、文章題になると鉛筆止まる子

英単語よく知ってるのに読解問題苦手な子

漢字書けるし諺もばっちりなのに読解問題で的外れな答えを書く子

 

共通するのは

『何を聞かれてるかを正しく把握できていない』ということ。

だから、親御さんが出来ることなら率先して、一緒に問題文を、教科書を読んでもらいたい。先生もいろいろ授業計画練って、みんなの「出来た」を増やすべく奮闘しています。お子さんがどんなことやってるのか、問題文一文読むだけでも見えてきます。

小学校のうちから勉強に対する硬い殻をつくらないためにも。