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本を読むということ

思考

読書は大切

頭のいい子はみんな本を読んでいる。

散見されるこのフレーズ。

 

否定はしない。が、踊らされてはいけない。本を読むことは確かに大切だと思う。学ぶことも多い。しかし、そこばかりが先行して、無理やり読ませてはいないだろうか、本を選んで制限したり押し付けたりしていないだろうか、嫌々読んでいないだろうか。

今この記事を書いている筆者は、たまたま本がすぐそばにあって、何でもかんでも好き放題読みふけり育ったが、大人になってふと見まわすと、読書育児法が独り歩きしているように感じてしまうのだ。

 

この記事を一体中高生が読むのか、親御さんや先生が読むのか分からないので、両方に向けて書いてみたい。(要するに長文なのでセルフで読み飛ばしてほしい。)

 

中高生の皆さん

嫌々読まされてないだろうか。朝の10分間読書、読書感想文、受験勉強などなど。

君たちが嫌々読んでいるその時間、無駄に思うかもしれないが、その時間があるから、君たちは教科書を読み(嫌々ながらも)勉強できるし、漫画を読むことが出来る。こんなブログよりすごいブログを運営してる子だって少なくないのだろう。

おそらく信じがたいと思うかもしれないが、もし、全く文字を読まない生活が続くと、人は文が書けなくなります。

画面の前で「嘘くせーwww」と思ったそこのあなたに問題です。

あなたが今この記事を嘘くさいと思った理由を30字以上50字以内で述べてください。₍制限時間10分₎

 

どうでしょう、出来ましたか?これがいくつもくっついたり大げさになったものが、高校受験であり、大学受験であり、人生なんだ。

「何となく」「ムカつくから」「わけわかんないから」

その感覚は否定しない。けれど、この感覚をきちんと言葉にして発信しないと、ズルいことやコワいことを平気でやる、アタマのイイ、エライ人には勝てない。

言葉や言い回しを知らなければ、エライ人が本当のことを隠してることに気が付かない。それどころか、「何言ってるかワカンナイ」

エライ人は、自分より頭のいい人を嫌うよ。バレちゃうから。バレなきゃ何でもやるよ。せっかくの人生を、権利を食われないように生きるために、本は読もう。

話が随分大げさになっちゃったね。要するに、好きなことを、好きな子を守るためには、本読んで言葉知っといた方がいいよってこと。

 

じゃぁ、どんな本がいいの?

結論から言います。何でも結構です。だけど、その本がよかったかどうか位は自分で取捨選択しよう。先生が勧める本が何でも良質とは限らないし、隣の席の子が読んでたラノベが良書だったりする。

いきなりいい本を見分けるのは難しいと思う。見分けられるのは既にある程度本を読んでいる子だ。だから、気になったら読んでみよう。つまらなくても出来ればそのまま最後まで読んでもらい。そして考えてほしい。なぜつまらなかったのか。

そろそろ感のいい君たちなら、私がどんな本を勧めるか分かってきたのではないか。

 

考えさせる本

 

これに尽きる。読んで何でもいいから考えてほしい。文字を、挿絵のない文字の海を、かき分けかき分け溺れながら考えてもらいたい。感動したり、がっかりしたり、続編を楽しみにしたり、悩んだり、戦慄したりしてもらいたい。その瞬間は間違いなく君たちの財産になっている。そしてその財産は、10年後に利息まで付いて返ってくる消えることのない、まさにあの世まで持っていける財産だ。

 

先生や親御さんへ

言えることはあまりない。

けれど、本を読む子どもたちを見守っててもらいたい。

変な本に手を出さないか心配なのも分かる。が、子どもたちはそこで取捨選択する力を持っている、し、まさに大人が練習させて力をつけてあげてほしいのだ。

「あなたにはまだこんな難しいものは無理」そんなことを言わずに好き放題読ませてほしいのだ。物騒なことを言うつもりはないが、いつまでも自由に書物を読める時代が続くとは限らないのだから。読む本の心配を出来る、そんな世の中を子どもたちが大人になって守れるように、見守っていてほしい。