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今日知りました

お題「最近知った言葉」

 

救荒植物

 

飢饉や戦争などで食物が不足した時に、間に合わせとして食糧として利用される植物のことらしいです。

 

きっと、今これを読んでいる方は、「そもそも一体コイツは何を調べていたんだ」とお思いになっているかと思います。

正解は……

 

越◯製菓!

\ピンポーン!/

ちゃうで!

 

「ちょろぎ」を調べていました。

あの赤いの、一体何で漬けてるんだっけ?元々は白い根っこだよね?と気になってしまって。

あれは紫蘇に漬けているらしい。少し辛味もあるとか。

食べてみたいけど、ミョウガとかラッキョウのような味がするなら無理だなぁ、とぼんやり調べていたら、先ほどの言葉に出会いました。

大人になると、なかなか新しい単語に出会う機会も少なくなってしまって、この記事更新するのにも随分時間がかかってしまいました。

世の中には自分の知らない単語はあふれているけど、なかなか自分の興味のない分野にわざわざ足を踏み入れるという、積極的な選択肢をしなくて済んでしまうからなぁ。

きっとナナサンの場合、ファッション雑誌めくったら知らない単語のオンパレードだろうし。

あまり興味の幅を狭めてしまうのもどうかと思うけど、でも興味がない分野や嫌悪感すら抱いてしまう分野を他者から強制されずに済むということは、一種の勉強である。きっと学校では教えてくれない、残念ながら。

いいじゃないか、この世のすべてに興味を持たなくても。

自分が好ましく思う分野は一体何なのか。何が自分を癒してくれるのか、それを知るということは、社会に出て生活していくうえで大切なことだと思う。

興味あることは人間、勉強したり、自然と頭に入っていくもので、知らないことが少なくなってくるのは当たり前。その中で、自分がまだ知らないものに出会えることは、新鮮でみずみずしい感覚なのだと知ってもらいたい。

 

そんなことを思ってしまう、ちょろぎに興味が湧いた1日。

最近の夢見

妙にリアルな夢を見ます。

だから、現実にあったことと記憶が混同することも。

あれ?この話って夢の中で聞いた話なんだっけ?とか。

で、大体、そんなに見ていたくない内容の夢。

目覚めて二度寝してもそんな感じ。

 

今日は思わず飛び起きました。

以下、内容。

友人と一緒にいました。

少なくとも鉄道撮影の予定ではなかったようです。

だけど、何だか運がよくて、たまたま好きな車両が通りかかります。

だから、急いでカメラを出して、ピントも合わせてシャッターボタンを押すのだけど、まったく切れない。

「あれ?」と何度も挑戦してる間に鉄道は通過していきます。

カメラの調子がおかしいのかな?と思い、他の物を撮影するのだけど、それはいつも通り撮影できます。

そうこうしているうちに、また撮りたい車両が。

今度こそ、と思いカメラを構えるも、やはりシャッターが切れない。何度ボタンを押してもだめ。

こんなことが3、4本起きました。

ついにナナサンがキレてしまったのです。

声を荒げて、カメラを床に思いっきり叩きつけました。

それなりに重さがあるからかなり手応えがあって、スッとしたのを覚えています。

しかし怒りは収まらず、叩きつけて歪んでしまった部品を無理やり外し、これでもかというほどに壊していました。

そこで目が覚めました。

怖くなって、カメラが無事か確認しました。しばらく抱えて座り込んでしまいました。

今使っているカメラは初めて自分で選んで買って、名前まで付けました。お手入れもカスタマイズも進化させよう、レンズも増やしていきたい、これから長く使っていくミラーレスだ、と思っていたのに。

確かに思うような写真が撮れなくて悔しい思いをしたことだってあります。

でもそれはカメラのせいじゃなくて、自分の技量が及ばなかったせい。カメラの能力を最大限引き出せなかったせいだと分かっているのに。

夢は夢だって分かっています。だけどショックでした。

あんなに可愛い、いとおしいと思っているのに。

手荒な真似をしてごめんね。へっぽこユーザーでごめんね。

一向に上達が見られないのも分かってる。それでも君に付き合ってほしいんだ。

なんであんな夢を見たんだろう。

悲しかった。

確かにナナサンは短気でせっかちでいらちだけど。

夢でここまでショックを受けるなんて、久しぶりだな。

うなされる方が慣れている分いくらかマシなんじゃないかとすら思いました。

夢を見ずに寝られたらいいのにな。

 

 

ブラックボックス

最近、何か湿っぽい記事が続いたので、今日はがらりと気分を変えて、久しぶりに歌詞の話でもしようかと思います。

 

今日は、趣向を変えて、ポルノグラフィティです。

ポルノ記事のが珍しくなっているこのブログ。おかしいな、一応ナナサン、ラバッパーなんだけど(笑)

 

If there was no woman in the world, Men would be more honest than a sheep.

 

これ。タネウマライダーの歌詞。

この曲はハネウマライダーのcp曲です。

個人的にナナサンはハネウマライダーが一番素敵なシングルなんじゃないかと思っています。

ハネウマライダー、ジューンブライダー、タネウマライダー。

こう、いろんなシャレが効かせてあって、タネウマは完全におふざけ曲。空耳をとても効果的に使っています。

だけど真ん中のジューンブライダーは泣かせます。冒頭の昭仁さんの優しくささやくようなかすれた歌声が、こう、きゅんとさせるわけです。

 

さぁ、本題に戻ります。

何って、英語。仮定法。英語の空耳を使っている曲だからなのかもしれないけど。

これを訳すと、もしこの世に女性がいなかったら、男ってきっと羊さんより正直だよね、そんな単純な生き物なんだよね、ってなる。

これ、割とポルノグラフィティの曲の根底にある考え方だと思うんですよ。

男って、大好きな女子のために頑張っちゃう生き物なんです、って。

だから、歌詞に入れてくるところまでは想定内。

けど、それをわざわざ英語に。

最初、え?何て歌ってるの?って思わせておいて、よくよく歌詞カード見ると、こんなことが書いてある(笑)

それに、その後に続く歌詞が、

こんなとこで一人にしないで 一人はやだな OH NO!

 

はい。

こんなとこは女の子のいない世界だけど、別にアンタ一人の世界じゃないよ、男がいるよ。なのに、もう一人前提(笑)

さすが晴一さん。

きっと、さっき言った、ポルノグラフィティの曲の根底を流れる考え、これを曲にうまくちりばめているのは晴一さん。昭仁さんはきっと、曲に入れるとしたら直接日本語で言っちゃう。

女性のいなくなった世界では、男性は集まって騒ぐわけでも孤高を貫くわけでもなく、寄る辺なく心細く思ってしまうだろうという、晴一さんの想像力の的確さと細やかさ。

晴一さんは、思ったことを歌詞にするときに、そのままの言葉は使わないタイプのようです。言いたいことが伝わるように、情景描写をしていくことで、最終的なヴィジョンを作り上げる。語彙力が豊富で、まるで言葉を絵の具のように足したり薄めたり混ぜたりして、彩り豊かなパレットから少しずつキャンバスにのせていく。

その晴一さんの想像力の豊かさと語彙力が好き。

晴一さんが作った歌詞にさらに奥行きを与える昭仁さんの表現力と勢い。なんなら、晴一さんが描いたキャンバスをぶち抜くこともやる昭仁さん(決して歌詞間違いとかそう言うつもりではない、念のため)。

この二人の全く違うベクトルの魅力が、ナナサンを惹きつけてやまない。

そう、とある惑星のようにね。

ウォーカーの歌詞も紹介したくなってきたけど、それはまたいつか。

ポルノさん、アルバム出さないかなぁ……

不思議

負けに不思議の負けなし、とは言うが、

勝ちにも不思議の勝ちはない、とソウサンの場合においては感じる。

 

ソウサンと旅行に行った。

何だかんだいろいろなことが首尾よく運び、有り体に言えば運がよかった。

時間を有効に使って充実した時間を過ごすことが出来た。

ので、私は、「運良かったね」と口走ってしまったのだ。

でも、運がいい、と感じたことの内訳をきちんと見れば、ソウサンが事前にきちんと下調べをして、当日のイメージを持っていて、当日行動しながら、予定や時間をマメに確認してくれていたゆえのことばかり。

運がよかったんじゃなくて、ソウサンが相応の気配りをしていてくれたのに。

運なんていう不確実なものじゃなくて、小さな心配りを続けたソウサンに相応の結果が返ってきて、私はそれに便乗させてもらっただけなんだ。

それを「運がいい」などと思ってしまうほどに私は何もしなかったのだと、怖くなった。

運なんてものじゃない、隣でずっと笑っていたお兄さんのおかげだったのに。

 

ソウサンはいつだって準備は念入りだし、努力、確認は怠らない。

だからソウサンの勝ちは運なんてものじゃない、不思議の勝ちなんて存在しないと思っている。不思議の勝ちに見える裏であの人は努力を積んでいる。

今回の旅行もそうだった。

沢山笑った。美味しいものもたくさん食べた。

鉄道の写真も撮れたし、ひこにゃんの写真も沢山撮って、城の空気も味わった。朝の城はいい。

表面だけ、カメラやスマホに残ってる記録だけ見れば、そういう旅行。

だけど、そこに残らないものというのもあって、ソウサンの行動はまさにそれだった。

一体「ナナサン」って何だろう。ソウサンがいなかったらナナサンはきっと満足に旅行などもうできないのかもしれない。もはやソウサンの鞄のおまけである、自走式の。

感服を通り越して自分の浅はかさに恥じ入るしかない。

これがいわゆる「当たり前」に「いつものやつ」に感じさせてしまうソウサンマジック。魔法じゃない、現実の彼の積み重ねなんだけど。

ソウサンに自分が出来ることって何なんだろう。

今は、せめて病気が寛解するようにして、1日でも長く生きることなのかもしれないが。

またソウサンと琵琶湖に来られたら。

いろんなことを思い出して、きっとまた泣きそうになるのだろう。

楽しかった旅行なのに、なんで今泣きながら日記を書いているのか、よく分からないが。

またどこか旅行に行けたら幸いである。

感謝と敬愛の念を込めて

 

2017.5.4

星を回せ 世界の真ん中で

好きな曲でこんばんは。
でも、これを書こうと思ったのは火曜の昼の出来事なので、もう鮮度が……。
またいずれ、書きます、たぶん。

突然ですが、ナナサンは念願の地、彦根にいます。
え?感想?

最高。(ボキャ貧)

彦根の代表的ゆるキャラ、みんなのアイドルひこにゃんのショーを見てきました。
最前列で会うために朝イチで天守に上り、現存天守ならではの木材のいい香りを吸い込んで、一時間半待機してました。
かわいすぎました、なんなのあの子。
我を忘れ、大人気をどこかに放り投げて、普段のキャラはどこへやら、萌えてました。
城下町も、昔ながらの街並みで統一しながらも賑わっていて、活気があってとてもウキウキさせるすてきなところでした。
人をウキウキ心を高鳴らせる場所づくり、まちづくりというのはなかなか難しいと思います。
そういう意味でも勉強になります。

にしても、いろんなお店を見ることができたのですが、あの子に首をかしげられると、どんどんお財布の紐がゆるみます。おかしいな。兜かぶった白いねこなのに。
そんなこんなで城を堪能し、念願のひこにゃんとの対面を果たし、大満足です。
鉄分補給もしっかりできてます。
EF510の青釜さんにも会えました。びっくり。
これはラッキーでした。
もはや燃え尽きました。真っ白な灰になってます。
しばらく書かないと、どういうことを書けばいいか分からなくなりますね。

それでは、また。

そんな装備で大丈夫か

大丈夫だ、問題ない。

 

はい、通じるかしら。通じなくても大丈夫だ、問題ない。

このブログに来てくださっている方で、通じる方は果たしているのか。

 

どうも、どうにかこうにか荷造り完了させたナナサンです、こんばんは。

ナナサンは旅行の荷物が少ないことに定評があります。

大抵同行者に、「え、荷物それだけ?」と聞かれます。

まさに、「そんな装備で大丈夫か」状態。

なのに、何で終わるのが遅かったか?

始める前にテーブルと床にコーヒーをぶちまけたからです。

その後始末から入りました。スタートラインが遠ざかりました。

持って行くものは大抵決まっているし、オシャレも何も気にしないので、始めれば楽です。

 

どこにいつ何しに行くかは伏せておきます。もしかしたら出先で更新するかも、いや、出来ない気もするな。

書くことを忘れました。ある曲の歌詞について書こうと思っていたのに、内容を忘れました。

明日は早いので寝ます。

昔話

どうも、某ゲームを攻略し、涙ボロボロのナナサンです、こんばんは。

最近、こちらがおろそかになっていますね。

飲み会があった日に、更新どころではなくおサボりしてしまってからどうも滞りがち。放置にならないように頑張ります。

 

泣いているついでに、昔話でもしようかと思います。

 

今日、母とソウサンの話を少ししました。

もしかしたら、また近いうちに会ってもらうかもしれないことを伝えると、

「喜んでー!ウェルカムだよー!」と。

母はソウサンが大好きである、というか、感謝している。

例の旅行での一件もあるのだけど、それよりも前から。

 

話が数年前にさかのぼる。

ナナサンは元々抱えていたいくつかの持病を悪化させ、そしてついに生活に支障をきたし始めた。

たぶんナナサンが持っていた健康上の爆弾の中で一番重いくせに一番放置してきてしまったものが、とうとうごまかしきれないレベルで暴発した。

ちょうどソウサンもしんどい時期だったのを覚えている。

病院に行き始めたことは、母にしか言えなかった。し、今も病院には通っている。

どうしたらいいのかも全然分からず、まだ薬との付き合いも習得していなかった時期、もうソウサンとさようならしようと思っていた。このままじゃ二人でどんどんダメになる、そう思った。

でも、何だかんだソウサンはどこまでも真面目だった。攻略法をとことんいろいろ試した。会った時も、二人で楽しめそうな内容、二人に必要なことが出来るプランを模索した。

しばらく会うたびにほぼ丸1日図書館通いが続いたのも思い出である。

ソウサンがだいぶ復活してからもナナサンの健康を気にかけ、元気づけていてくれたのは確かである。日常というものを意識させないでナナサンを1日1日生かしてくれていた。気が付けば季節は巡っていた。

おかげさまで、今でも通院しているものの何とか生きている。

ソウサンを鉄沼に引きずり込んだのはほかでもないナナサンだが、ナナサンを再び鉄沼に呼び戻してくれたのもソウサンだ。

ありがたいな、と。

母は「ソウサン、恩人だね」と言う。そして、例の一件があってますます、である。

そんなこんなで、ソウサンはナナサン家でスーパーマン的な立ち位置にいる。

この記事でこんなことがあった、あんなことがあったと書くには事柄が多すぎる。

が、やっぱり何となく嬉しかったので、昔話をしようと思ったわけだ。

そんで回想してたら余計に涙が止まらなくなりました、はい。

明日、会えるらしい。楽しみである。